デジタル社会の進展とともに、企業のセキュリティ脅威はますます巧妙化しています。
従来のID・パスワード認証だけでは不十分となったことにより注目を集めているのが「リスクベース認証(RBA: Risk-Based Authentication)」です。
本記事では、リスクベース認証の基本概念から最新の技術動向、実際の導入事例まで、企業のセキュリティ担当者が知っておくべき情報を網羅的に解説します。
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リスクベース認証とは
リスクベース認証(RBA)とは、ユーザのログイン時の状況やコンテキスト情報を分析し、不正アクセスのリスクレベルに応じて認証方法を動的に変更するセキュリティ技術です。
「適応型認証(Adaptive Authentication)」とも呼ばれ、従来の静的な認証方式とは一線を画す革新的なアプローチです。
リスクベース認証の仕組み
リスクベース認証システムは以下の流れで動作します。
1.コンテキスト情報の収集
リスクベース認証のシステムは、ユーザのログイン時にコンテキスト情報を収集することから始まります。
これには、OSやブラウザ、デバイスIDといったデバイス情報、IPアドレスや地理的位置などのネットワーク情報、さらにアクセス時間や過去の行動履歴といったデータが含まれます。
2.リスク評価とスコア算出
次に、収集した情報に基づいてリスク評価とスコア算出が行われます。
このプロセスでは、機械学習アルゴリズムがユーザの正常な行動パターンから逸脱した異常を検知したり、あらかじめ設定されたルールに基づいて評価を行ったりすることで、不正アクセスのリスクレベルを定量的に算出します。
3.リスクレベル別の対応
最後に、算出されたリスクレベルに応じて対応が決定されます。リスクが低いと判断された場合は、通常通りアクセスが許可され、ユーザはシームレスにサービスを利用できます。
一方、リスクが中程度と評価された場合は、SMS認証や生体認証といった追加の多要素認証(MFA)が要求され、本人確認が強化されます。
そして、リスクが高いと判断された場合は、不正アクセスとみなしてアクセスを即座にブロックし、同時に管理者に通知します。
この動的な仕組みにより、セキュリティを強化しながら、ユーザの利便性を維持することが可能です。
リスクベース認証が求められる背景
1.サイバー攻撃の巧妙化
現代のサイバー攻撃は従来の防御策を簡単に突破します。
特に下記のサイバー攻撃は企業にとっても大きな脅威となります。
・パスワードリスト攻撃
他のサービスから流出した認証情報を使い回すことで不正アクセスを試みるもので、多くのユーザが複数のサイトで同じパスワードを使いがちな点を悪用します。
・フィッシング攻撃
本物そっくりな偽サイトを使ってユーザを騙し、認証情報を盗み取ります。
・ブルートフォース攻撃
自動化されたツールがパスワードの組み合わせを総当たりで試行し、認証を突破しようとします。
これらの攻撃により、2024年時点でリスクベース認証市場は57億ドル規模に成長し、2033年には178億ドルに達する見込みです 。
2.テレワークの常態化
新型コロナウイルスの流行により、多くの企業でテレワークが定着しました。
これにより、従業員は自宅やカフェ、出張先など多様な環境から業務システムにアクセスするようになり、従来の社内ネットワークの「境界」で守るセキュリティモデルは通用しなくなっています。
さらに、BYOD(Bring Your Own Device:個人所有デバイスの業務利用)の増加も、企業のセキュリティ管理を複雑にしています。
こうした状況下では、ネットワークの場所に関わらずすべてのアクセスを信頼しないことを前提とする「ゼロトラストセキュリティ」の考え方が不可欠となり、ユーザやデバイスの状況を常に評価するリスクベース認証がその中核を担うようになりました。
3.クラウドサービス利用の拡大
今日の多くの企業は、SaaS(Software as a Service)のようなクラウドサービスを積極的に利用しています。
これにより、従業員は複数の異なるサービスを利用することになり、それぞれのサービスでIDとパスワードを管理する負荷が増大しています。シングルサインオン(SSO)は利便性を向上させる一方で、一つの認証情報が突破されると複数のサービスへの不正アクセスを許すリスクも高まります。
こうした複雑化した認証環境において、すべてのサービスにわたって一貫したセキュリティポリシーを適用し、認証の一元管理を可能にするためにも、リスクベース認証が重要な役割を果たしています。
リスク評価で使用される主な要素
リスクベース認証(RBA)システムがユーザのリスクを評価する際には、さまざまな要素が複合的に分析されます。
主な評価要素は以下の通りです。
デバイス情報
ユーザが使用しているデバイスの情報は、重要な判断材料となります。
例えば、デバイスフィンガープリンティングという技術は、ハードウェア構成、OS、ブラウザといった複数の情報から、そのデバイス固有の識別子を生成します。これにより、過去にログインしたことのある登録済みデバイスかどうかを判別できます。また、OSが最新の状態にアップデートされているか、マルウェアに感染していないかといったセキュリティ状態も評価対象となります。
ネットワーク・地理的情報
ネットワークと地理的な情報もリスク評価に欠かせません。
具体的には、IPアドレスからユーザの所在地や使用しているプロバイダーを特定し、不審な匿名プロキシが使われていないかを検出します。また、短時間で物理的に移動不可能なほど遠く離れた場所から連続してアクセスされた場合は、不正な移動パターンとして検知されます。さらに、企業内の信頼できるネットワークか、カフェなどの公衆Wi-Fiかといった接続元の評価も行われます。
行動分析
RBAは、ユーザ固有の行動パターンを学習し、普段と異なる行動がないかをチェックします。
例えば、いつもは午前9時から午後5時までの間にアクセスするユーザが深夜にログインを試みた場合、アクセス時間パターンの異常としてリスクが高まります。また、キー入力の速度やマウスの操作方法といった個人の操作パターンも評価対象です。不審なアクセスではこれらの操作が不自然になったり、短時間に大量のログインを試みるアクセス頻度の異常が検知されたりすることがあります。
生体認証データ
生体認証データは、ユーザ本人であることの確信度をさらに高めます。
行動的生体認証は、タイピングのリズムやマウスを動かす癖といった、その人特有の無意識な行動パターンを分析します。また、指紋や顔、虹彩といった物理的生体認証と組み合わせることで、より強固な本人確認が可能になり、リスク評価の精度が飛躍的に向上します。
リスクベース認証の種類
リスクベース認証には大きく分けて以下の2つの種類があります。
1.アクティブ認証
アクティブ認証は、システムがリスクが高いと判断した場合に、ユーザに何らかの追加操作を求める方式です。
これは、ユーザ自身が本人であることを証明する行動を取る必要があるため、「アクティブ(能動的)」と呼ばれます。具体的には、SMSで送られてきたワンタイムパスワードの入力、スマートフォンへのプッシュ通知を承認する操作、あらかじめ設定した秘密の質問への回答、あるいは指紋や顔を使った生体認証などが含まれます。この方式は、ユーザに一手間かかりますが、より確実な本人確認が可能です。
2.パッシブ認証
一方、パッシブ認証は、システムがユーザの操作を必要とせずに、自動で判断を行う方式です。
ユーザは普段通りにログインするだけで、裏側でリスク評価が行われるため、「パッシブ(受動的)」と呼ばれます。この方式では、ログインに使用されたデバイスやネットワーク環境、アクセス元の地理的位置、さらにはタイピングの癖やマウスの動きといった行動パターンが分析されます。ユーザは何も意識することなく、システムの判断によってリスクが評価されるため、利便性が非常に高いのが特徴です。
多要素認証(MFA)との違い
項目 | 多要素認証(MFA) | リスクベース認証(RBA) |
---|---|---|
認証タイミング | 常に追加認証が必要 | リスクが高い場合のみ |
ユーザ体験 | 毎回の手間がかかる | 低リスク時はスムーズ |
セキュリティレベル | 一定の強度 | 状況に応じて動的調整 |
運用負荷 | 設定後は固定 | 継続的な調整が必要 |
リスクベース認証は、MFAの利便性向上版として位置づけられ、必要な時のみ強固なセキュリティを発動させる効率的なアプローチです。
リスクベース認証導入のメリット
リスクベース導入により以下のようなメリットが挙げられます。
1.セキュリティの向上
・高度な脅威検出: AIによる異常行動の自動検知
・リアルタイム対応: 不審なアクセスの即座ブロック
・適応型防御: 新しい攻撃手法にも柔軟に対応
2.ユーザビリティの改善
・シームレスな体験: 正常なアクセスでは追加操作不要
・状況適応: リスクレベルに応じた最適な認証レベル
・生産性向上: 不要な認証手順の削減
3.コスト効率の向上
・運用工数削減: 自動化による管理者負荷軽減
・サポートコスト減: パスワードリセット等の問い合わせ削減
・インシデント対応: 早期検知による被害最小化
4.コンプライアンス対応
・監査証跡: 詳細なアクセスログの自動記録
・規制対応: 金融業界等の厳格な要件への適合
・リスク管理: 定量的なリスク評価とレポート
導入時の注意点・デメリット
導入時の注意点やデメリットは以下の通りです。
1.初期導入コスト
・システム構築・カスタマイズ費用
・既存システムとの連携開発
・運用体制の整備
2.運用上の課題
・誤検知リスク: 正常なアクセスの拒否
・チューニングの必要性: 継続的な閾値調整
・ユーザ教育: 新しい認証フローへの理解促進
3.技術的課題
・プライバシー配慮: 行動データ収集への配慮
・システム依存: 外部サービスへの依存度増加
・障害時対応: システム停止時のバックアップ手順
実装における技術的要素
AI・機械学習の活用
現代のリスクベース認証は、単なるルールベースの判断にとどまらず、AI(人工知能)や機械学習を駆使して高度なリスク評価を行っています。この中核となるのが、ユーザの通常の行動パターンを学習し、そこから外れた不審な行動を自動的に見つけ出す異常検知アルゴリズムです。
また、より複雑なデータからユーザの行動の癖やパターンを学習・予測するために、ニューラルネットワークのような先進的な技術が使われることもあります。これらの技術により、日々発生する大量のアクセスデータを瞬時に分析し、リスクをリアルタイムに評価することが可能となります。
セキュリティ標準への準拠
RBAを導入する際は、国際的なセキュリティ標準や規制に準拠することが不可欠です。これにより、システムの信頼性とコンプライアンスを確保できます。例えば、米国の国立標準技術研究所が定めるNIST SP 800-63Aは、デジタルアイデンティティ管理に関する包括的なガイドラインを提供しています。
また、ISO 27001/27002は、情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)の国際標準であり、RBAの適切な運用体制を構築する上での指針となります。さらに、EUのGDPR(一般データ保護規則)のように、個人データの収集・利用に関する厳しい規制に対応することも、特にグローバルに事業を展開する企業にとっては非常に重要です。
導入事例
金融業界での活用
楽天証券
楽天証券は、不正アクセス対策としてリスクベース認証を導入していることを公表しています。
通常と異なる端末や場所からのアクセスがあった場合に、追加認証を求める仕組みを導入することで、セキュリティを強化している事例として挙げられます。
参考:【リスクベース認証】不審なアクセスを自動検知し追加の本人確認-楽天証券
クレジットカード決済
クレジットカードのオンライン決済における本人認証サービス「EMV3-Dセキュア(3Dセキュア2.0)」も、リスクベース認証を活用しています。不正リスクが低いと判断されれば追加認証なしで決済が完了するため、ユーザの利便性を損なわない形でセキュリティを強化しています。
企業の内部システム
三桜工業
Microsoftの顧客事例として、製造業の三桜工業が、Microsoft 365の「Identity Protection」機能と「条件付きアクセス」を組み合わせてリスクベース認証を実現した事例が紹介されています。これにより、社内外からのアクセスに応じて認証の強度を動的に変えるセキュリティ体制を構築しています。
デージーネットの事例
オープンソースを活用したシステム開発を行うデージーネットは、機器メーカーの顧客向けに、IPアドレスに基づいて多要素認証の有無を判断するリスクベース認証を実装した事例を公開しています。これにより、社内ネットワークからのアクセスはスムーズに、社外からのアクセスはセキュリティを強化しています。
参考:リスクベース認証を実装した認証システムの導入事例【デージーネット】
SaaS・クラウドサービス
SaaSは、多様なユーザがさまざまな場所やデバイスから利用するため、リスクベース認証の活用が特に進んでいます。多くのSaaSプロバイダーはAPI経由での認証連携を柔軟に行い、グローバルなアクセス管理に対応するサービスを提供しています。これは、SaaSビジネスにおいて不正アクセス防止と利便性の両立が不可欠であるためです。
最新の市場動向
市場成長予測
リスクベース認証市場は、2024年の57億ドルから、2033年には178億ドルにまで拡大すると予測されています。これは、年平均成長率(CAGR)が13.6%という高い数値を示しています。この急成長の背景には、企業がクラウドサービスやSaaSの導入を加速させていることが大きく関係しています。多様なアクセス環境に対応し、セキュリティと利便性を両立させるRBAの需要が、ビジネスのデジタル化とともに高まっているのです。
技術トレンド
・AI、機械学習の高度化
システムは、単なるルールだけでなく、AI(人工知能)と機械学習を用いてユーザの行動パターンを学習し、異常をより高い精度で検知できるようになっています。これにより、これまで見逃されがちだった巧妙な不正アクセスも識別できるようになりました。
・生体認証との連携
指紋や顔認証といった物理的な生体認証に加え、ユーザのタイピングのリズムやマウス操作の癖などを分析する行動的生体認証との連携が進んでいます。これにより、ユーザの無意識の行動からリスクを評価することが可能になり、セキュリティがさらに強化されます。
・ゼロトラスト統合
社内外のネットワークを問わず、すべてのアクセスを信頼しないというゼロトラストの考え方が主流になる中で、RBAは欠かせない要素となっています。包括的なセキュリティフレームワークにRBAを組み込むことで、すべてのアクセス試行を常に評価し、適切な認証レベルを動的に適用する仕組みが構築されています。
・プライバシー強化
個人データの保護に関する規制が厳しくなる中、RBAシステムもプライバシー強化技術を取り入れています。これにより、ユーザの行動データを安全に扱い、個人情報保護の要件を満たしながら、セキュリティを確保することが可能になっています。
導入を成功させるポイントはセキュリティ製品との連携
リスクベース認証(RBA)は、単体で利用するだけでなく、既存のセキュリティ製品と組み合わせることで、その効果を最大限に発揮します。特にエンドポイント暗号化ソリューションとの連携は、包括的なセキュリティ対策として注目されています。RBAが認証の段階でリスクを評価し、追加の認証を要求する一方で、エンドポイント暗号化はデバイス自体を保護します。この両者を組み合わせることで、たとえデバイスが盗難・紛失してもデータが漏洩するリスクを低減し、ゼロトラストセキュリティの実現に向けた強固な基盤を築くことができます。
まとめ
リスクベース認証は、現代の企業が直面している「セキュリティの強化」と「ユーザの利便性向上」という二つの相反する課題を同時に解決する、革新的なソリューションです。
その鍵となる重要なポイントは以下の通りです。
・動的なセキュリティ
画一的な認証ではなく、状況に応じて柔軟に認証強度を調整する適応型防御を実現します。
・AI技術の活用
機械学習を用いることで、ユーザの通常の行動パターンから逸脱した不審な動きを高い精度で検知します。
・統合的アプローチ
既存のシステムと連携することで、企業全体のセキュリティを統一的に管理できます。
・継続的な改善
運用データを基にシステムの精度を常に最適化し、新しい脅威にも対応し続けます。
市場予測では2033年までに178億ドル規模への成長が見込まれており、特にクラウドファーストな企業環境において、リスクベース認証は必須の技術となるでしょう。
企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進において、セキュリティは最重要課題の一つです。リスクベース認証の導入を通じて、安全で効率的なデジタル基盤の構築を実現し、競争優位性の確立を目指しましょう。
例えば、パスワードレス認証・多要素認証ソフトの「MagicEndpoint」は、FIDO2準拠のパスワードレス認証ソリューションとして、特に有効です。このソフトウェアは、Windows、macOS、Linux、クラウド環境に対応した暗号化機能を持ち、ユーザに代わってエンドポイントデバイスがリモートサービス(例: Microsoft Office 365、Salesforce、VPNなど)の認証をバックグラウンドで実行します。
また、Windowsログインの多要素認証(MFA)としても機能し、エンドポイントデバイスへの不正ログインを防ぐ事が可能です。
「MagicEndpoint」は、パスワード管理の負担を削減し、ユーザによる認証操作が不要でになり生産性を向上させ、フィッシングや認証情報悪用攻撃を防ぎます。