「ゼロトラスト」という言葉は、多くのセキュリティ資料や製品紹介で目にするようになりました。一方で、「考え方は分かるが、実際に何から始めればよいのか分からない」「ツールを入れればゼロトラストになるのか判断できない」と感じている企業も少なくありません。
特に情シス・セキュリティ担当者の立場では、ゼロトラストを具体的な導入手順や設計に落とし込む必要があります。
本記事では、ゼロトラストを「認証・ID起点」で整理し、
- なぜ認証が弱いとゼロトラストが成立しないのか
- MFA・パスワードレス・FIDO2がどのような役割を持つのか
- 企業は何から始めるべきか
を、実務の進め方にフォーカスして解説します。
なお、認証強化の具体策として注目されるパスワードレス認証については、「パスワードレス認証の実務ガイド」でも詳しく解説しています。

ゼロトラストが求められるようになった背景
1. VPN・社内ネットワーク前提モデルの限界
従来の企業セキュリティは、「社内ネットワーク=安全」という前提に立つケースが一般的でした。
VPNで社内に接続できれば、内部システムへ広くアクセスできる構成も珍しくありません。
しかし、このモデルでは、
- 一度侵入されると横展開しやすい
- 内部不正やアカウント乗っ取りへの耐性が弱い
といった課題が存在します。
2. リモートワークとSaaS利用の常態化
また、リモートワークの普及やSaaS利用の拡大により、業務の「入口」は社内ネットワークの外に広がりました。
その結果、認証そのものが攻撃者の主要な標的になっています。
VPNやSaaSのログイン情報が突破されれば、場所を問わず業務システムへアクセスできてしまうためです。
従来のように「社内に入れたかどうか」だけで信頼を判断するモデルでは、現在の業務環境や脅威に対応しきれなくなっていることが、ゼロトラストが求められる大きな理由です。
ゼロトラストは「製品」ではなく「考え方」
1. よくある誤解
ゼロトラストは特定の製品名ではありません。
そのため、「ゼロトラスト対応ツールを導入すれば完成する」という理解は誤解です。
ゼロトラストは、アクセスのたびに信頼を検証するという設計思想であり、複数の仕組みを段階的に組み合わせて実現します。
2. 実務で重要になる評価軸
実務でゼロトラストを考える際は、次の3つの評価軸が中心になります。
- ID(誰が):正当な利用者か
- デバイス(どこで):管理・信頼できる端末か
- コンテキスト(いつ・どこから):利用状況は適切か
この中でも、最初に整備すべきなのがIDと認証です。
IDは「誰か」を識別する軸であり、認証は「本当に本人か」を確認する工程です。
なぜゼロトラストの起点は「認証・ID」なのか?
1. 入口で判断できなければ意味がない
ゼロトラストでは、ネットワーク内部に入った後ではなく、アクセスの入口で信頼性を判断することが前提になります。
入口で「誰がアクセスしているのか」を正しく判断できなければ、その後のアクセス制御やデバイス評価も成立しません。
2. フィッシング耐性が重要になる理由
認証が入口になる以上、認証情報を狙うフィッシング攻撃は重大なリスクです。
特に、ユーザー操作を悪用する攻撃では、MFAを導入していても、運用やユーザー行動を突くことで意図せず認証が成立してしまうケースが報告されています。
プッシュ通知を大量に送り、誤って承認させる「MFA疲労攻撃」はその代表例です。
この点については、以下の記事で詳しく解説しています。
MFA(多要素認証)疲労攻撃とは?
また、フィッシング耐性を高める認証方式として注目されるFIDO2については、「FIDO2&多要素認証(MFA)実装ガイド」でも詳しく整理しています。
ゼロトラスト実現における認証方式の役割
ゼロトラストにおける認証方式は、それぞれ役割が異なります。
ここでは「何を解決するための方式か」という観点で整理します。
1. MFA:最低限の防御として
MFA(多要素認証)は、パスワード単体よりも認証強度を高めるための基本的な対策です。
ゼロトラストにおいても、基本的な防御層として位置づけられます。
ただし、パスワード前提の運用が残る点には注意が必要です。
2. パスワードレス:入口でのリスクを減らす
パスワードレスの考え方では、そもそもパスワードに依存しないことで、認証情報漏洩のリスクを減らします。
入口での攻撃面積を小さくするという点で、ゼロトラストと親和性の高い方式です。
パスワードレス導入の判断軸や、企業がつまずきやすいポイントについては、「パスワードレス認証の実務ガイド」で詳しく解説しています。
3. FIDO2:フィッシング耐性を高める
FIDO2は、公開鍵暗号を用いた認証方式として、フィッシング耐性を高める役割を担います。
FIDO2やMFAの技術的な整理については、以下の記事が参考になります。
FIDO2&多要素認証(MFA)実装ガイド
ゼロトラスト導入で企業がつまずきやすいポイント
1. 認証を後回しにしてしまう
ネットワークやEDRなど、周辺対策から着手し、認証が後回しになるケースは少なくありません。
しかし、認証が弱いままではゼロトラストの効果は限定的です。
2. 例外ユーザー・共有端末を想定していない
委託先、共有端末、例外的な業務アカウントを考慮せずに設計すると、運用が破綻しやすくなります。
3. 復旧・運用フローが設計されていない
認証を強化するほど、ログインできない場合の復旧設計が重要になります。
復旧フローを後回しにすると、現場負荷が急増します。
認証起点で考えるゼロトラスト導入ステップ
- 入口(SSO/認証)の集約
まずは認証の入口をSSOなどで集約し、管理点を明確にします。 - 高リスクユーザーから強化
管理者や重要業務ユーザーなど、影響範囲の大きい層から認証を強化します。 - デバイス信頼性と連携
認証起点の設計では、「ユーザー操作」だけでなく「端末の状態」も重要になります。
このような設計では、エンドポイント自体が認証を担うという考え方も有効です。
このようなエンドポイント起点の設計は、認証を「人の操作」に依存させすぎないという点で、ゼロトラストの考え方と整合します。
ウィンマジックが提供するMagicEndpointは、リモートサービスへのアクセスにおいて、エンドポイントを基点とした認証を実現するソリューションの一例として活用することができます。
製品概要は「MagicEndpoint」ページをご参照ください。
まとめ
ゼロトラストは、一度にすべてを置き換える必要はありません。
認証 → デバイス → アクセス制御の順で段階的に進めることが現実的です。
また、導入時には「残存リスク」を明示し、関係者と合意形成することが重要になります。
ゼロトラストの本質は、「すべてを疑うこと」ではなく、入口で信頼を正しく判断できる設計にあります。
その起点となるのが、認証・IDです。
認証が弱いままでは、ゼロトラストは成立しません。
まずは認証から見直し、段階的にゼロトラストを進めることが、企業実務における現実的なアプローチといえるでしょう。
ゼロトラストを進めるうえで重要なのは、完璧を目指すことではなく、自社の業務とリスクに合った「入口設計」から着実に改善を積み重ねることです。